2015年03月29日

苦難は続くよ、どこまでも。

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自信を持って言えるコトがある。

「僕はデジタル関係について、リテラシーがお猿並みである」

というコト。
コピーライターとして広告業界に入った時、
グラフィックの場合、納品形態はまだ「版下」(←いまや死語)だった。
「版下」に貼られる文字は「写植」(←これまた、死語)だった。
写植。正確に書くと「写真植字」。
文字が写真のプリントのように写り込んでいるモノとイメージしてもらっていい。
コピーライターは、その写植を目を皿のようにして文字校正する。
文字校正した後、デザイナーが「写植」を台紙にペタペタ貼る。
ほとんどのデザイナーは写植の文字を切り貼りする。
一文字一文字カッターで切って文字と文字の間を詰めていく。
こういう作業をしていると、悲劇が起こる。
一文字一文字切られた文字一つが、どこかに紛れてしまうのだ。
消えた文字をみんなで探す。
…そうすると、誰かの靴の裏にしっかりと張り付いている。
机の片隅にしっかり張り付いている場合もあった。

そんな時代を経てデジタルの世界に突入した。
Macで創った原稿が最終的なモノに近いコトに感動した。
コピーもWordで打つと「写植」のようになる。
これまた、感動した。すごく感動した。
でも、僕、原稿を最初に書くのは、いまだに原稿用紙なのです。
最終的にMacでデータ化するけれど、最後の最後まで原稿用紙。
モニターを見ながら原稿を書くのと、原稿用紙に向かって書くのとでは
僕の中で大きな違いがあるのですネ。

そういう意味で僕は完全無欠な「アナログ人間」だ。
そんな「アナログ人間」が、このブログを書き始めるには苦難の道があった。

まずブログの作り方がわからない。
ググッてみても、単語の一つ一つが判らない。
でも、ブログを作りたかった。
こういう場合、僕は先人の知恵を借りる。先人に助けを請う。
僕のブログは、数年前からブログを始めた
ラジオCM界の巨人・中山佐知子先生に力を借りた。
「力を借りた」というのは、誤解を生む。
正確に表現するなら、「中山さんに泣きついた!」のだ。
僕、リテラシーは皆無だが、行動は早い。
即、電話をした。

「シモダでぇ〜す。お願いがあるのですが…、
 あのぉ〜僕、ブログ書きたいんですけどぉ〜」

「フムフム…」

「ご存知のように、僕、アナログ人間なもんで…」

「フムフム…」

「今度、お暇な時、伺って一緒に作って頂ければウレシーんですけど…」

「判りました、じゃぁヤリましょう!」

力強い声で中山さんは答えてくれた。
でも大体、忙しい中山さんに暇な時間ある訳ない。
その後、メールのやり取りが数回あって…。
数時間後、中山さんから連絡があった。

「ブログを書くための掘建小屋みたいなの、作っておきました。
 ここのURLをクリックしてくださいネ」

「ハッ?!」

まず「URL」という単語が、僕の世界には無かった(クリックは、一応判る!)。
そんな僕に中山さんは、URLの意味をアナログチックに説明し、
僕のアナログ度合いを理解し掘建小屋を、さらに使いやすくリフォームしてくれた。
この数日後、僕はブログに挑戦しようとしたのだが、
失敗すると怖いので、中山さんの事務所まで出掛け、Face to Faceで書き始めた。
それが、このブログの第一回目。
第二回目は電話を使って遠隔操作してもらい書いた。
その後も判らないコトがあると、すぐ電話する。
いつの日か、使いこなせる日がくるのか?
きっと来る(と思いたい)。

僕がこのブログを書くにあたって実際動いたのは、
中山さんの事務所に行く時、手土産に
僕が住む元麻布界隈では有名な「豆源」の揚げ煎餅を持って行っただけだ。
タグ:デジタル
posted by keath-kazushi at 14:06 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 苦難 edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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